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城之内が戻ったのは、10時を少し過ぎた頃だった。
「あーっ!てめぇ!オレの言ったこと聞いてなかったのかよ!!」
城之内は帰ってくるなり、大声でそう怒鳴った。
部屋の壁に気だるくもたれかかっていたキースのすぐ側に、大股で歩み寄ってくる。玄関から数歩と数えず届く距離なので、丈の短いスウェットから投げ出されたキースの足をほとんど蹴り飛ばしそうな勢いだ。
「あぁ?」
キースが胡乱な目で城之内を見やると、城之内はキースを見下ろしながら仁王立ちしていた。
「あぁ?じゃねーんだよ!部屋散らかすなっつったろ!今どきガキだってゴミくらいまともに捨てるっつーの!!」
見下ろしてくる城之内の顔は、頼りない部屋の電灯のせいで逆光になり、陰になっている。
キースは軽く首を傾け、小馬鹿にして鼻で笑いながら、その城之内の顔を覗くように緩く視線を動かした。
「やかましいガキだな。今どきのガキはすぐぎゃぁぎゃぁ喚きやがる。」
「何だとてめ、もういっぺん言ってみろ・・・っ!」
城之内はキースに掴みかかろうと身体を乗り出した。
と、そのとき、キースが手の中で遊ばせているカードの束の存在に気づいて、動きをぴたと止めた。
「あ、それ。」
つい先ほどまで頭に血が上っていたはずにも関わらず、城之内はころりと表情を変えて、少し驚いたように淡い茶色の目を瞬かせている。
「服、着替えさせたときに落ちてきたから置いといたんだけどよ。やっぱお前のデッキだったんだな。」
「・・・・・」
キースは城之内の言葉に返事をしないまま、カードを手のひらに収め、それに視線を落とした。そして再び、カードを手の中で遊ばせ始める。
その沈黙を肯定と受け取ったらしい城之内は、今度はぱっと笑みを浮かべて、からかうように言った。
「お前、他のもん何も持ってねーくせに、デッキだけは持ってんのな。笑っちまったぜ。」
「・・・・・」
キースはまたカードを遊ばせていた手を止め、黙ったまま城之内の顔をちらりと見た。笑う城之内と目が合う。
「?・・・何だよ?」
ころころとめまぐるしく変わる表情は、キースの沈黙の意味を量りかねて、今は少し困惑している。
城之内はわずかに眉根を寄せ、側に屈み込んでいた格好から、キースを見下ろすようにまっすぐに立った。そして、肩越しに小さな木の机が置かれた方向を見やると、てきぱきとキースが散らかした紙くずを拾い始めた。
「あ。もしかしてお前、オレがそのデッキの中身、見たんじゃねーかって疑ってんの?言っとくけどよぉ、オレはそんなこすいマネしねーって。」
キースが何か言ったわけでもないのに、城之内は紙くずを拾い拾い、饒舌に話している。
キースは黙ってそれを聞いていた。
「何たってオレは真のデュエリスト、目指してっからよー!トーゼンっちゃトーゼンだな。」
全部の紙くずを捨て終えた城之内は、最後に部屋の隅に転がっていたコーラのペットボトルを拾い上げ、反対側の隅にある古い缶のゴミ箱目がけて投げ捨てた。
ガコン、という音を立てて、見事にボトルがゴミ箱に命中する。城之内は、よし、と呟いて小さくガッツポーズをした。
そんな城之内の様子を呆れて眺めているキースを振り返り、城之内は妙に得意げに笑って見せる。
「まっ、今のオレにとっちゃ、お前なんかデッキの中身見なくたって楽勝だぜ!」
はっはっは!と仰け反りそうな勢いで大口を開けて笑う城之内に、キースは怒る気も起きなかった。
城之内の言葉が、キースへの揶揄と言うよりもむしろ、今の自分の強さに対する自信をただ純粋に口にしただけのものだということがわかったからかもしれない。
「ケッ・・・ガキがなめた口利きやがる。」
しかし言われたままというのも、そう気持ちのいいことではないものだ。キースは余裕たっぷりに城之内の言葉を鼻であしらい、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「人様のカード掠め取るしか能のねぇ、盗人デッキでまぐれ勝ちして、得意満面ってか。
いっそバンデットの称号は、テメーの方がお似合いかもな?
何ならオメーにくれてやってもいいぜ、「バンデット・城之内」じゃぁ語呂が悪すぎてカッコつかねぇだろうがよ。」
「いらねぇよそんなもん!大体掠め取るとか言うな!戦術だ、戦術!!
確かに一度はまぐれかもしれねぇけど、テメーは二度も負けてんじゃねぇか!負け惜しみすんな、バーカバーカ!」
皮肉や揶揄なら、城之内よりキースの方が一枚も二枚も上手のようだ。城之内は自分がキースをからかうつもりが、逆に頭に血を上らせて食って掛かってくる。
打てば打っただけ響く城之内の反応がおかしく、キースはさらに城之内の神経を的確に逆撫でするために、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「戦術だぁ?人のデッキから勝手にカード抜き取るってのも、テメーの戦術ってヤツかよ?とんだ真のデュエリストがいたモンだぜ。」
「そっ・・・れは!てめぇはいなくなっちまったし、置き去りにされたカードも可哀想だったしよ、それにその・・・
だからとにかくこのオレが真のデュエリストとして有効活用してやろうとだなぁ!」
畳み掛けるようにキースが続けると、城之内はキースの言葉尻に被せるようにして言い募った。
口ごもりながらも必死に早口でまくし立てる城之内を眺め、キースは肩を震わせて笑う。
城之内にはキースのその仕草がまるっきり馬鹿にされているとしか見えないようで、ますます罵詈雑言をわめき散らした。
「ったくよー!テメーにはオレに対する感謝ってのが全然足りてねぇんだよ!オレ、お前の命の恩人なんだぜ?なのにテメーときたらよォ・・・」
「・・・・・」
城之内は、言い争うのは自分の方が分が悪いと悟ったらしく、だんだんと声を落としてぶつぶつ言い出している。
キースは黙って、何やら文句を言っている城之内の横顔を見た。言葉を交わせば交わすほど、おかしな奴だと思う。
「オレはテメーに助けてくれと言った覚えはねぇな。テメーが勝手にやったことだ。」
「はぁあ?!何だそりゃぁ!テメーいい加減にしねーと・・・」
城之内がまた声を荒げて掴みかかってこようとする。キースは皮肉めいた口調はそのままで、しかしじっと城之内の目を睨みながら続けた。
「オレがあのまま野垂れ死のうが、テメーにゃ関係ねぇことだ。
憎い相手が死んで、めでたしめでたしってくらいだろうが。テメーのやってるこたぁ、オレには理解できねぇな。」
何故自分を助けたのか、不思議に思っているというのは、皮肉ではなく本当だった。
自分が城之内の立場なら、確実に見捨てていた。何が楽しくて、一度ならず二度までも憎み合った相手を助けたりしたのだろうか。
キースは、城之内という人間を量りかねていた。
今までは単に「負かせるべきデュエルの相手」としてしか、城之内と接してこなかった。こんな風に、何の他意もなくくだらない会話を城之内をすることになるなど、どうして想像できただろう。
キースの言葉を聞いた城之内は、まるでおかしなことでも耳にしたかのように、みるみる表情を曇らせてこれ見よがしに首をかしげた。
「はぁ・・・?オレにゃテメーの言ってることのが理解できねぇよ。知ってる奴が死にそうになってたら、助けるのがフツーだろ。
んー、まぁー・・・確かに?テメーはとんでもねーイカサマ野郎だし、ド素人だったオレに負けて逆恨みするようなサイテー野郎な上に、
恩をアダで返すようなマジでムカつく奴だけどよォ・・・」
「テメェ・・・このガキ・・・」
黙って聞いていれば、好き放題言ってくれるものである。
キースが堪えかねて壁に預けていた身体を起こそうとすると、城之内はキースを手のひらで制して続けた。
「聞けって。そんな野郎でもさ、一度でも本気でデュエルした相手だしな。ま、もう一度くらい、テメーとデュエルしてやってもいいかと思ってよ。もちろん、イカサマなしでだぜ。」
「・・・・・」
そう言って笑う城之内を見て、キースは呆気に取られてしまった。
自分を助けた城之内に何かしらの他意があるのではないかと、探ろうとしている自分が間抜けで、何だか拍子抜けした気分になる。
「・・・何だよ?何見てんだよ?」
キースの視線に気づいたらしい城之内が、怪訝そうにキースの顔を覗き込む。
「・・・ケッ、誰がテメーみてぇなド素人相手に本気なんか出すかよ。調子乗ってんじゃねー、クソガキ。」
キースは城之内から目を逸らしながら、投げやりに答えた。
テメーだろテメー、ありゃカンペキ本気だったじゃねーか、半ベソかいてやがったくせになどと、城之内がまた性懲りもなく、聞く気にもならないようなばかばかしいことをわめき散らしている。
城之内は本当に、キースが考え込むほどのことなど、何も考えていないのかもしれない。
たとえ城之内の言葉と笑みがその真意を隠す嘘だったとしても、キースにはそれを見破ることが出来なかったし、キースは自分自身が得意とする嘘やペテンの類に対して鼻が利くと自負していたから、そんな自分が城之内ごときにだまされるはずなどないと妙に確信めいた自信を持っていた。
どうも二度目に目覚めてからこっち、柄にもなく少々考えすぎているようだ。
城之内の子供じみた減らず口を聞き流しながら、キースは唇の端を上げ、小さく自嘲した。
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