意識が覚醒し始めると、まず何よりも先に、身体中の痛みに苛まれた。
 キースは思わず呻き声を上げて、顔をしかめる。
「・・・何だ・・・ここはどこだ・・・?」
 軋むような痛みを訴える身体を無理やり起こし、キースは辺りを見渡す。見たこともない部屋だった。
 使い込まれてぼろぼろの、これはたしか布団というのだったか、擦り切れた布切れのようなものが身体の下に敷かれていた。
 それはもはや厚みがほとんどなく、床に直接寝ているのと変わりないような有様だ。身体中の痛みも、おそらくそのせいだろう。
 狭苦しい部屋には、古めかしい木製の小さな机や、薄汚れたタンスくらいしか、目に付くものはない。床には、色褪せた畳が敷かれている。
 キースは何か違和感を感じて、はっとしてぼろ布のようなかけ布団をめくり、自分の着ているものを見た。それは、町に出たときに着ていた自分の服ではなかった。見覚えのないTシャツと丈の妙に短いスウェットとに、着替えさせられていた。
 ガチャッ
「っ?!」
 突然、部屋のドアが鳴り出し、キースは顔を上げた。自分が置かれている状況がどうなっているのか、わからないまま身構えた。
「たっだいまー!」
「て、てめぇは・・・っ」
 あまりのことに、キースは一瞬言葉を失った。ドアを開けて部屋に飛び込んできたのが、城之内だったからだ。
「あ。何だお前、起きたの。どーだ、熱、下がったか?」
 持っていた薄っぺらな黒いカバンを乱暴に部屋の隅に放り投げると、城之内はキースの前に屈み込んで額に手を当てた。
「てってめ・・・一体何のつもり・・・」
「イテッ!あにすんだよ!」
 キースが思わず反射的に城之内の手を払うと、城之内は眉根を寄せた。もう測ってやんねぇからな!と舌打ちする。
「ここはどこだ・・・何でテメェがここにいる。」
 キースが困惑していると、城之内は怪訝な表情でキースの顔を覗き込んだ。
「そりゃお前、ここオレん家だもん、オレはいるだろーよ。つぅか何でお前がここにいるのかって、オレが聞きてぇっつーの。」
 城之内は呆れたように肩を竦めて続けた。
「お前、昨日オレがガッコから帰ってくる途中の道で死にかけててよー。何か、えーと、肺炎?なりかけてて。マジ焦ったぜ。
 で、よ。お前病院に運んだはいいけど、入院させるにもオレ金ねーし。どーせお前もねーだろと思って、とりあえずオレん家連れてきたんだよ。
 何か病院で点滴打ってもらったら、だいぶ元気になったから大丈夫って、病院のセンセも言ってたし。」
 身振り手振りで話す城之内を横目で眺めながら、キースは手のひらを握り締めてみた。
 力を入れようとしてもうまく入らず、緩く拳を作るのがやっとだった。
「・・・そーかよ。」
「そーかよって、それだけかよ。」
 城之内があからさまに気分を害した、とでも言いたげな顔でたずねてくる。城之内の言いたいことはわかっていたが、キースは鼻で笑って肩を竦めて答える。
「それだけだよ、小僧。」
「あぁっ?!もっぺん言ってみろ、てめぇっ!!!」」
 城之内がキースの着ているTシャツの胸倉に掴みかかった。キースは喉を鳴らして笑い、目を細めて城之内の顔を見た。
「オイオイ、オレぁ病人だぜ、お前。そんな手荒な扱いされちゃ、血反吐でも吐いて死んじまうかもしれねぇぜ。」
「テメェは殺したって死にゃしねぇだろ!」
 そう答えながらも、城之内なりにキースの身体が心配らしく、案外あっさり胸倉を掴んでいた両手を離した。
 キースはわざとらしく咳き込み、掴まれた胸倉に手を当ててみせる。それを見た城之内はまた、今にも掴みかかりたいと言わんばかりだったが、同じことを二度繰り返すつもりはないらしい。今度はキースを睨みつけただけだった。
「なぁ、お前。ほんとに何であんなとこで倒れてたわけ。アメリカ帰ったんじゃなかったのかよ。」
 城之内は、キースが眠っていた布団のすぐ横に腰を下ろし、胡坐をかきながらたずねる。
 キースは自分自身でもどう答えるべきかわからず、ため息混じりに視線を逸らした。
「・・・さぁな。」
「さぁなって・・・何だそれ。つぅかお前どこにいたわけ。」
 城之内はますます怪訝な表情を濃くしている。
「何でそんなことを聞く?お前には関係ねぇことだ。」
 キースがそっけなくそう答えると、城之内は眉をしかめて身を乗り出し、キースに詰め寄った。
 キースの取り付く島もないその態度が気に入らないようだ。
「関係なくねぇ!死にかけてたお前を助けてやったのは誰だと思ってんだよ!」
「あぁ?病院の医者だろ?」
「何だとこの野郎!!!」
 キースの悪ふざけに乗せられて、思わずまた掴みかかった城之内は、今度はキースに何かを言われる前にはっとして手を放した。
 その様子がおかしく、キースはまた喉を鳴らして笑った。城之内の顔がかっと赤くなる。
「と、とにかくだ!お前丸一日寝てたんだ、腹減ってんだろ。何か食いモン買ってきてやっからよ。何か食いたいモン、あるか?」
 取り繕うように似合いもしない咳払いを一つし、城之内は立ち上がりながらたずねる。
 キースは、自分がそんなに寝ていたとは思わなかったが、確かに言われてみれば酷く腹が減っていることに気づく。考えてみれば、夜行のところでも結局食事は取れなかったのだから、少なくとも二、三日は食事をしていないことになる。
「ステーキだな。」
「いい加減ぶん殴るぞ。」
 静かな声で言いながら、城之内が拳を握り締めているのが見えて、キースは肩をすくめてみせた。
「チッ、ならその辺のハンバーガーでいい。二つや三つじゃ足りねぇ。あとコークの1.5もな。」
「て、てめ・・・金は後できっちり返してもらうからな!おごりじゃねーぞ、いいな!」
「はいはい、わーってるよ。」
 城之内が喚きたてながら部屋出て行くのを聞きながら、キースは肩を震わせて笑った。





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